こんにちは!トリ女のマミです。
今回は「日英通訳者2年目が、社内通訳者の役割を考える」と題し、駆け出し通訳者のトリ女が、実際の通訳経験をもとに、「社内通訳者の役割」のほか、「社内通訳者の限界」、「社内通訳者は通訳拒否できるのか」という職業倫理までを複数回に分けて考察していきたいと思います。
通訳者としてまだまだ未熟者のトリ女ではありますが、実体験に基づいた考察を皆さまにお伝えすることで、通訳者を目指す方、現役の通訳者、通訳に興味がある方に有益な情報になれれば幸いです。
はじめに
現職で初めて社内通訳者になり、社内唯一の通訳者のため、一人でもがきながら経験を積んだトリ女。
現職ビジネスが悪化する状況下、役職高い方の通訳者という役割上、様々な会議で通訳させていただく機会がありました。
そうしていくうちに、「社内通訳者の役割とは何だろうか」という疑問に大きくぶち当たり、実は今現在も明確な答えは出てません。
が、本記事をきっかけに、皆さまと一緒に再度考えていけたらと思います。
通訳者の2つの役割
立教大学の名誉教授で、通訳者・教育者でもある鳥飼玖美子氏は、その著書『通訳者と戦後日米外交』(2007年、みすず書房)で、通訳者の役割を大きく分けて2つ紹介しています。
1つ目は、多くの人が「通訳者の役割」だと納得がいく「スピーカーの言葉を忠実に訳す」役割です。
しかし、そういう考えのもとでは、極端に言うと下記のように「誤解なき戦争のほうが、誤解ある(もしかしたら一時的な)平和より良い」ということになります。
ぺヒハッカー(Pöchhacker, 2004)[トリ女注:ウィーン大学翻訳通訳学部の通訳担当助教授]によれば、厳格な職業倫理では「正確にして完全、かつ忠実な訳」が規定され、通訳者は「中立的」な立場にある「非人間」であるがゆえに、対話を主導することは禁止されている(p147)。
(途中略)日本通訳学会初代会長であり、日本語ー英語間のベテラン会議通訳者である近藤正臣(大東文化大学教授)も、西山[トリ女注:通訳者の西山千氏]と同様の考えである。「誤解のないように、ということの方が重要」であり、正確に通訳をすることによって「戦争になった、あるいは交渉が決裂したというようになっても、誤解が原因ではなく、ちゃんと理解した上でそうなったのなら、それはそうなっても仕方がない、そうなっても通訳者の責任ではない。誤解して平和になっても、あるいは交渉がそのときはうまく行っても、誤解が解けたときにはもっとひどいことになる。そうはさせないのが通訳者の仕事だ」というのが近藤の見解である。
(鳥飼玖美子氏著『通訳者と戦後日米外交』p350-351)
2つ目は、初めて聞く方も多いかもしれないのですが、「小さな外交官」という役割です。
これに反し、日本語ー中国語間の通訳者として活躍している永田小絵(獨協大学専任講師)によれば、「中国では通訳者のことを「小さな外交官」と呼ぶ」ことが多く、通訳者は「国際親善・友好促進という「大目標」に奉仕する職業である」という考え方があるという。中国人の書いた昔の翻訳論を振り返っても、「何のために訳すのかという目的志向であり」、実利実益と乖離した忠実さや中立性を強調しているものは、見当たらない。通訳スクールでは、「中国語通訳者の存在意義は日中友好の架け橋たることだ」という考えが基盤になっており、現場に出てからも、「会社の利益や日中友好を阻害することが明らかであれば必ずしも「言った通り」に訳さなくてもいいし、大きな目標を達成できれば個々の言い回しなどは大した問題じゃない、という雰囲気があった」と説明する。
(鳥飼玖美子氏著『通訳者と戦後日米外交』p351-352)
1つ目の役割との大きな違いは、通訳者に自身の判断を求める点にあるのですが、これには通訳者本人と通訳者を雇う側両方にとってリスクがあります。
通訳者は自身の判断でスピーカーの発言を「歪曲」したと責任問題になるかもしれませんし、通訳者を雇う側にとっては「通訳者に勝手なことを言われる」懸念がでます。
そう考えると、2つ目の役割は必要ないと思われる方もいると思いますが、ビジネス不振にあえぐ現職で、2つ目の役割のほうが重要な場面に何度も出くわしました。
そのほとんどが感情多々まじる会議。
ビジネス不振にともない、英語圏カウンターパートとも関係が悪化する現職。
会議で決めなきゃいけない項目が多々あるのに、
英語圏:"Are you saying that you won't do anything to improve this business?"
(日本語訳:ビジネス改善に向けて何もしないというわけですね?)
日本: 「何もしないわけじゃない。できることが限られてるって言ってるんだ!」
というように、お互い直接的な言い方で感情的になってしまい、議論が進まずに限られた会議時間がどんどん失われていく。
ちなみに上記例は比較的上品な方です。
こういう時「小さな外交官」が必要になります。
"You may not know, but ...(ご存じないかもしれませんが)"や「どうせ言っても分からないだろうけど」といった、相手を批判するような副詞は基本訳さない。
もちろん皮肉も訳さないし、相手を不快にさせる可能性ある直接的な物言いも、大意はなるべく変えずに、カドをとったマイルドな表現にアレンジ。
例えば上記会話例だったら、下記のようになる。
英語圏:"Are you saying that you won't do anything to improve this business?"
(日本語訳:ビジネス改善に向けて、施策を追加するのは難しいということでしょうか?)←カドをとったマイルド表現
日本: 「限られた予算を考えると、今後は分からないけど、現時点で追加施策は難しい」
参加メンバーの日本人はある程度英語が分かり、かつ相手の強い口調と表情から、トリ女の通訳がマイルド気味であることに気づいている人もいるとは思いますが、この件に関して注意を受けたことはありません。
まあ、褒められたこともないんですけどね・・・。
駆け出し通訳者のトリ女、1つ目「スピーカーの言葉を忠実に訳す」役割ですら発展途上なので、リスク高い応用技術である2つ目「小さな外交官」の役割をホントはできるかぎり引き受けたくない。
とは思いつつも、社内の事情にある程度通じた一社員として、ビジネス改善のため、役職高い方に少しでも有意義な議論をしていただきたい、という精神のせめぎあいの中、駆け出し「小さな外交官」がひっそり誕生したということを、最後にお伝えできればと思います。
おわりに
今回は通訳者の2つの役割を説明し、特に「小さな外交官」の役割についてより詳しくご説明しました。
この「小さな外交官」の役割は、通訳者にとってリスクが高く、かなりの勇気が必要にもかかわらず、成功したからと言って誰も褒めてくれない高リスク低リターンな通訳です。
なので、自分で言うのもなんですが、駆け出し通訳者がやるもんじゃないです。
が、会社のためになるなら多少なりともリスクをとっても構わない、という勇気あふれるワイルドな方がいらしたら(雇用が保証される正社員だとより良いです)、たとえ結果がどうなろうと、トリ女は優しく見守ります。
最後に記事で使用した本のご紹介。
鳥飼玖美子氏著『通訳者と戦後日米外交』(2007年、みすず書房)
楽天はこちら。
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